「公的保険で安心」と思っていた62歳Aさんの驚き
会社員として38年間勤めてきた鈴木太郎さん(62歳・仮名)は、定年を迎えて1年が経ちました。厚生年金は月額約15万円の見込みです。妻の花子さん(60歳・仮名)も国民年金が月額6万円ほど受け取れる予定で、夫婦合わせて月21万円。「年金があれば、なんとか生活できるだろう」と考えていました。
ところが、母親(85歳)が転倒して骨折。要介護3の認定を受け、特別養護老人ホームへの入居を検討することになりました。
「特養なら安いって聞いたことがあるけど、実際いくらかかるんだろう?」
太郎さんは市の介護相談窓口を訪ねました。担当者が提示した費用の試算を見て、太郎さんは目を丸くしました。
「多床室で月額約10万円、個室だと月額13万円以上…。公的介護保険があるのに、こんなにかかるんですか?」
実は、公的介護保険でカバーされるのは介護サービス費のみです。居住費(施設の家賃にあたる部分)や食費は全額自己負担となります。厚生労働省のデータによると、特別養護老人ホームの費用は要介護3の場合で、多床室が月額約97,000円、ユニット型個室は月額約133,000円が標準的な水準です(2024年8月の居住費基準改定後)。
太郎さんは電卓を叩きました。
「母の年金が月8万円。特養の個室に入ると、毎月5万円以上の持ち出しになる…。これが5年続いたら、300万円。10年なら600万円か」
太郎さんは、親の介護費用で自分たちの老後資金が減っていくことに気づきました。そして、こう思ったのです。
「自分が老人ホームに入るとき、年金だけで生活できるんだろうか?」
「有料老人ホームなら快適」と考えた58歳Bさんの計算
自営業を営んできた田中花子さん(58歳・女性・仮名)は、一人暮らしです。国民年金に40年間加入してきたので、65歳からの受給見込額は月額約6.5万円。貯蓄は800万円ほどあります。
「将来は、設備の整った有料老人ホームに入りたい」
花子さんは、そう考えていました。インターネットで「有料老人ホーム 費用」と検索すると、明るく清潔な施設の写真が次々と表示されます。
「入居一時金500万円、月額利用料15万円…」
全国平均では、有料老人ホームの入居一時金は約508万円、月額利用料は約16.7万円です(LIFULL介護調査、2025年)。花子さんが検討している施設は、ほぼ平均的な水準でした。
花子さんは、ノートに計算を書き始めました。
「月額15万円の施設に入るとして、年金が6.5万円。毎月8.5万円の不足。年間で102万円。10年間で1,020万円…」
「入居一時金500万円を合わせると、10年間で1,520万円。貯蓄800万円では全然足りない」
花子さんは、有料老人ホームへの入居が、思ったより高いハードルだと気づきました。国民年金だけでは、月額8万円以上の不足が出てしまうのです。
「年金だけで入れる施設はないのかしら?」
厚生年金があっても不安な52歳Cさんの悩み
大手メーカーで働く山田次郎さん(52歳・男性・仮名)は、厚生年金の加入歴が30年になります。日本年金機構の「ねんきんネット」で試算したところ、65歳からの年金見込額は月額約14万円でした。
「平均より少し少ないけど、まあ何とかなるだろう」
そう思っていた次郎さんですが、最近、認知症の父親(78歳)がグループホームに入居しました。費用は月額約20万円。父の年金は月額12万円で、毎月8万円を次郎さんが負担しています。
「自分が認知症になったら、グループホームに入ることになるのかな…」
次郎さんは計算しました。月額20万円のグループホーム、自分の年金14万円。毎月6万円の不足です。
「年間72万円。10年で720万円か…」
退職金は500万円程度の見込み。貯蓄は現在300万円です。
「退職金と貯蓄を合わせて800万円。10年間のグループホーム費用720万円を引くと、残り80万円…。これじゃ、医療費や急な出費に対応できない」
厚生労働省の調査では、厚生年金の平均受給額は月額約146,429円(2023年度、国民年金を含む)です。次郎さんの見込額14万円は平均に近い水準です。それでも有料老人ホームやグループホームに入ると、毎月数万円の不足が出てしまいます。
「補足給付」で老人ホーム費用の負担が減った68歳Dさんの安心
パート勤務を続けてきた佐藤春子さん(68歳・女性・仮名)は、国民年金が月額5.5万円です。一人暮らしで、貯蓄は200万円ほど。持ち家はなく、賃貸アパートに住んでいます。
「年金だけじゃ生活できない。でも、老人ホームなんて高くて入れない…」
そう思っていた春子さんですが、最近、要介護2の認定を受けました。市の介護相談窓口で、担当者からこう言われたのです。
「春子さんの場合、補足給付の対象になる可能性があります。特養の費用が大幅に軽減されますよ」
「補足給付」とは、低所得者向けの負担軽減制度です。世帯全員が市町村民税非課税の場合、食費・居住費の負担額に上限が設けられます。春子さんは単身世帯で市町村民税非課税だったため、この制度が利用できました。
担当者が試算した結果、春子さんの場合、特養の多床室なら月額約3~5万円で入居できることが分かりました。2024年8月に居住費の基準が1日60円引き上げられましたが、補足給付により生活保護受給者など第1段階の方は自己負担0円のままです。
「月5万円なら、年金の中で何とか賄える…」
春子さんは、ほっと胸をなでおろしました。補足給付により、通常月額約10万円かかる特養の費用が半分以下になったのです。
「市役所に相談して良かった。一人で悩んでいたら、この制度のことも知らなかったわ」
サービス付き高齢者向け住宅を選んだ65歳Eさんの選択
元公務員の高橋一郎さん(65歳・男性・仮名)は、厚生年金が月額17万円あります。妻の年金も月額8万円で、夫婦合わせて月25万円。退職金は1,200万円で、貯蓄も500万円ほどあります。
「特養は入居待ちが長いし、有料老人ホームは高すぎる。もっと自由度の高い施設はないかな」
一郎さんが検討したのが、サービス付き高齢者向け住宅(サ高住)です。介護サービスは必要に応じて外部から受けられる一般型を選びました。
見学した施設は、敷金2ヶ月分(約40万円)、月額費用は家賃・管理費・食費込みで18万円でした。
「夫婦の年金25万円から18万円を引くと、月7万円残る。医療費や娯楽費にも使える」
LIFULL介護の調査によると、サ高住の月額費用は一般型で10~25万円、介護型で15~30万円が相場です(2025年)。一郎さんが選んだ施設は、一般型の中では平均的な水準でした。
「特養より自由だし、有料老人ホームより安い。自分たちには合っている」
一郎さん夫婦は、年金収入の範囲内で入居できるサ高住を選びました。ただし、将来、介護サービスが必要になった場合は、別途費用が発生することも理解した上での選択です。
「年金だけでは無理」と判断した70歳Fさんの貯蓄活用
元銀行員の伊藤和子さん(70歳・女性・仮名)は、厚生年金が月額10万円、国民年金と合わせて月額約11万円です。夫は3年前に亡くなり、遺族年金も含めて月額約14万円の年金収入があります。貯蓄は2,000万円ほど。持ち家は売却して、現在は賃貸マンションに住んでいます。
「年金だけでは、希望する有料老人ホームには入れない。でも、貯蓄があるから、計画的に使えば大丈夫」
和子さんが見学した有料老人ホームは、入居一時金300万円(償却期間5年)、月額利用料15万円でした。
和子さんは、ファイナンシャルプランナーに相談して、以下のような資金計画を立てました。
「入居一時金300万円は貯蓄から。月額15万円から年金14万円を引くと、毎月1万円の不足。年間12万円。10年間で120万円。貯蓄2,000万円から入居一時金300万円を引いても1,700万円残るから、10年間の不足分120万円は余裕で賄える」
和子さんのケースでは、年金だけでは有料老人ホームの費用を完全に賄えませんが、貯蓄を計画的に取り崩すことで、希望する施設に入居できることが分かりました。
「無理に年金だけで済まそうとせず、貯蓄も活用する。それが自分らしい老後を送る方法だと思う」
6人のストーリーから見える「老人ホームの生活費、年金だけで足りるか」の3つの基準
太郎さん、花子さん、次郎さん、春子さん、一郎さん、和子さん。6人のストーリーから、老人ホームの生活費が年金だけで足りるかどうかを判断する基準が見えてきます。
基準1:施設のタイプで月額費用は3万円~25万円まで大きく異なる
最も経済的なのは特別養護老人ホーム(特養)の多床室です。要介護3の場合、月額約10万円(補足給付利用で3~5万円)で入居できます。ただし、特養は原則として要介護3以上でないと入居できず、入居待ちが長期化する傾向があります。
有料老人ホームやグループホームは月額15~20万円、サ高住は月額10~25万円が相場です。施設のタイプによって、費用は3倍以上の開きがあります。
基準2:国民年金だけでは特養以外は厳しい、厚生年金でも不足が出る
国民年金のみ(平均月額約57,584円、2023年度)の場合、特養の多床室でも月額4万円の不足が出ます。補足給付を利用できれば、年金の範囲内で入居できる可能性がありますが、それ以外の施設は難しいでしょう。
厚生年金(平均月額約146,429円、2023年度、国民年金を含む)の場合、特養の多床室や個室なら年金の範囲内で入居できます。しかし、有料老人ホームやグループホームでは月額2~6万円の不足が出ます。
基準3:貯蓄・退職金を計画的に活用すれば選択肢が広がる
年金だけで賄えない場合でも、貯蓄や退職金を計画的に取り崩すことで、希望する施設に入居できる可能性があります。和子さんのように、月額1万円の不足なら年間12万円、10年間で120万円です。貯蓄が1,000万円以上あれば、有料老人ホームも選択肢に入ります。
ただし、医療費や急な出費に備えて、貯蓄をすべて施設費用に使ってしまわないよう注意が必要です。
老人ホームの費用を抑える3つの方法
方法1:補足給付(負担限度額認定制度)を活用する
世帯全員が市町村民税非課税の場合、補足給付により食費・居住費が大幅に軽減されます。春子さんのように、特養の費用が月額10万円から3~5万円になるケースもあります。2024年8月に居住費の基準が1日60円引き上げられましたが、生活保護受給者など第1段階の方は引き続き自己負担0円のままです。市区町村の介護保険窓口で相談してみましょう。
方法2:特養の多床室を選ぶ
個室より多床室の方が、月額3~4万円安くなります。プライバシーは限られますが、費用を抑えたい場合は多床室を検討する価値があります。ただし、2025年8月からは一部の介護医療院や老人保健施設の多床室で月額8,000円程度の室料負担が求められるようになります(市町村民税非課税世帯は負担なし)。
方法3:入居一時金0円プランを選ぶ
有料老人ホームの中には、入居一時金0円で月額利用料が高めのプランもあります。初期費用を抑えたい場合は、このプランも選択肢になります。ただし、長期入居する場合は総費用が高くなることもあるため、5年・10年単位で総費用を比較しましょう。
年金との差額を埋める現実的な3つの対策
対策1:65歳以降も働いて収入を得る
厚生労働省の調査によると、65~69歳の就業率は50.8%(2024年)に達しています。月5万円のパート収入があれば、年金との差額を埋められるケースも多いでしょう。ただし、一定以上の収入があると年金が減額される「在職老齢年金」の仕組みに注意が必要です(2025年度の支給停止調整額は月額51万円)。
対策2:年金の繰下げ受給で受給額を増やす
年金の受給開始を66歳以降に繰り下げると、1ヶ月あたり0.7%(年間8.4%)増額されます。70歳まで繰り下げれば42%増、75歳まで繰り下げれば84%増です(2022年4月から繰下げ上限が75歳に引き上げられました)。健康に自信があり、65歳以降も働ける場合は、繰下げ受給も検討してみましょう。増額率は一生涯変わらないため、長生きすれば年金総額を大きく増やせます。
対策3:NISAやiDeCoで老後資金を増やす
まだ老人ホーム入居まで時間がある場合は、新NISA(2024年開始)やiDeCo(個人型確定拠出年金)で資産形成する方法もあります。ただし、投資には元本割れのリスクがあることを理解した上で、余裕資金で行うことが大切です。
今からできる5つの具体的なアクション
老人ホームの生活費について、今からできることは何でしょうか。太郎さん、花子さん、次郎さんたちのストーリーから、以下の5つのアクションが見えてきます。
1. 日本年金機構の「ねんきんネット」で年金見込額を試算する
自分の年金がいくらもらえるのか、正確に把握しましょう。ねんきんネットなら、スマホやパソコンで簡単に試算できます。
2. 地域の老人ホームを3か所以上見学する
パンフレットだけでは分からないことが、見学すると見えてきます。特養、有料老人ホーム、サ高住など、異なるタイプの施設を見学して、自分に合う施設を探しましょう。
3. 市区町村の介護保険窓口で補足給付について相談する
補足給付の対象になるかどうか、窓口で確認しましょう。春子さんのように、費用が半分以下になる可能性があります。
4. 入居一時金の償却ルールを必ず確認する
有料老人ホームの入居一時金は、施設によって償却期間や返還ルールが異なります。契約前に必ず確認し、早期退去時の返還金も理解しておきましょう。
5. ファイナンシャルプランナーへの無料相談を利用する
年金、貯蓄、退職金を含めた総合的な資金計画は、専門家のアドバイスが役立ちます。多くの自治体や金融機関が無料相談会を開催しています。
まとめ:年金だけで足りるかは「施設選び」と「計画」次第
老人ホームの生活費が年金だけで足りるかどうかは、施設のタイプと資金計画によって大きく変わります。
国民年金のみの場合、補足給付を利用できれば特養で年金の範囲内で生活できる可能性があります。厚生年金があれば、特養やサ高住なら年金だけで賄えるケースも多いでしょう。有料老人ホームやグループホームでは不足が出ますが、貯蓄や退職金を計画的に活用すれば入居できます。
早めに情報を集め、自分の年金額と希望する施設の費用を照らし合わせて、現実的な計画を立てる。これが安心した老後を送るための第一歩になります。
太郎さんは母親の介護を通じて老人ホームの費用を知り、花子さんは国民年金だけでは厳しいことに気づき、次郎さんは厚生年金でも不足が出ることを学びました。春子さんは補足給付で安心を得て、一郎さんはサ高住という選択肢を見つけ、和子さんは貯蓄を活用する計画を立てました。
どのストーリーも、「今から準備すれば間に合う」というメッセージを伝えています。
今日から、一つ目のアクションを始めてみませんか? 年金見込額の試算でも、施設の見学でも、市役所への相談でも構いません。一歩踏み出すことで、老後の不安は確実に減っていきます。
